10/4(木) ■さて、いよいよ手術の日だ。朝から私は落ち着いてはいるん だけど周囲がねι何だか慌ただしいからそれに巻き込まれて行 くようだった。術前に着るという手術着を着用して徒歩で手術 室へ。全ての手術はこの三階で行われるようだ。手術室に初め て入ると中には殆どが女性で占められているようだった。入り 口から頭を下げてよろしくお願いしますという気持ちで入り、( 奈美さんみたいな神さまに祈るのを忘れていたなι)手術台が 目の前にあった。うわ〜いよいよかよιっと少々怖じ気づいた 感じがあるにはあったなιだって初めてだしなあ〜ι台に乗っ てからも顔はなるべくにこやかに、看護士さん達にも笑顔で対 応しようと心みた。すると気のせいか、それともこういう時は むしろ看護士さんの方が笑顔のスペシャリストだからなのか、 麻酔が効く迄にこやかに、作業は流れるように進められた。声 を掛けてもらいながら様々な管や装置が私の体に取り付けられ ていく。最後に麻酔の管が手首の血管に装着された。(妹が術 後の私の手首を見て吃驚していたけど、何でも注射の針が腕の 真ん中の血管だと針が中で折れてしまう危険性があるため腕を まげても折れない手首の血管にするそうだ。私の血管って左の 方は見づらくて何度もさし直しされてしまうんだけどι手首の 血管は良く見えるらしいι)何かそこからじんわり滲みて来る 。傷口に消毒薬を塗った時に感じるあの痛み。それは麻酔が注 入された証拠らしい。看護士さんの指示にはいはいと受け答え をしていた私の意識はそこから途絶えてしまった。次に目が醒 めたのは回復室に横たわる時。手術は無事に終わったらしい。 いつのまに終わったのか、そもそも始まった事もまったく判ら ないのだけどι看護士さんが麻酔が入っていますからね、とい う言葉を聞いたのが最後だったような気がする。それくらいし か覚えていないというぐらい麻酔は私の体を一瞬で眠らせてく れたみたいだ。ιさすがは鎮痛剤を飲むのを極力我慢してかい があったのかな?ιでもあまりに鎮痛剤を服用しすぎていると こういう手術で効かないというのがあると効いた事がある。所 謂「薬物中毒」とか「薬物依存」という事だろうか。 薬に頼り過ぎて薬がないと落ち着かないというのもあるし、鬱 病患者さんにも落ち込んだ気持ちを高揚させる事が出来るとい う事で使われていた薬も今ではもう鬱病の薬では無くなってき ているとニュースでやっていたっけ。 話を戻して、それから大変だったのは術後の経過!!痛いのは 私の場合手術の傷じゃなくてヘルニアの腰だって!!同じ姿勢 をしていると覿面に腰に来るもんだからなんとかして足だけで も動かしたいんだけど、服を来ていても下着なんて付けずにそ のまんま尿管をさしているもんだから、ちょっと動くと足にそ の管に当たって怖いのよ!痛みはないけど、、、尿意っていう 感覚もその管をしている間はまったく感じなかった。膀胱も薬 で萎ませているからそういう感覚も無いんだなきっとιどうな っているんだか人間の体ってι怖いιそれに麻酔がまだ抜けき っていないのと、術後は痛み止めとしてモルヒネを点滴するか ら(点滴はこのモルヒネと栄養剤とか様々で7、8本点滴した かな?その時は意識朦朧として覚えてないってば!)痛みは和 らぐはずなのに腰の痛みは結構きつかったι腕は動くから痛み が酷い場合は自分でモルヒネを出すためのボタンが別に設置さ れているから、それを押すんだけど、何か絶えず押していたよ うな朧げな記憶があるだけιだってモルヒネって麻薬だから与 え過ぎていると気分が悪くなってくるのもしんどかったιでも 痛いから押す。この繰り返しιそれでも腰の痛みには耐えられ ず、動かない足をなんとか足を動かして腰を左右に少しだけず らすを繰り返して痛みを逃がしていたけど、ちょっとしか動か ないιでもモルヒネ打っていてあの痛みなんだからなかったら さぞきついんだろうなあ〜ιまあ腹かっさばいているわけだか らねιそれも二カ所!(これも7日に判った。何か上の傷より も下の方が痛いなあって思っていたらしたは穴開けて筋腫を吸 い出していた傷で4センチ以内のもの専用で、下のメスで切っ た傷は一番の大物でもある7センチの筋腫を取るための傷らし い。触ってみると固いのよιどうやら糸が固いのね。そのまま 放置出来るバイオの糸では無くて、抜糸するらしいから今迄の 糸なんだろう。でも固いわι抜糸の時痛くないように抜いて欲 しいなあ〜ιιでも今の体って、見た目は何かバランスが悪い わιだって上の方はお腹ぽっこりなのに下はへちょ〜、、、っ てどうよ!)その上マスクもされていて暑い!手術で熱が今も 続いているのだ!(8日だよ今日は!)当時は多分39度あった と思う。看護士さんも慣れているらしく氷枕やら作ってはくれ たけどやはり一番心強かったのは家族かな?父親はおろおろし ているだけだったけど、それがまあ男親らしくて可愛かったよ 。母はいつもの母らしくテキパキと私の世話をしてくれた。水 も飲んではいけないので、わざわざ水飲み場の冷たい水をタオ ルに浸して唇を拭ってくれた時は涙が出そうだったよ!!看護 士さんも氷枕は用意してくれるけど、母みたいにタオルを冷や しておでこには浸してくれないからね。患者さんは私だけじゃ ないし、今にも死にそうな人もいるし、今まさに救急車で運ば れて来た人もいるから。熱で助かったのは寒気は全くなかった 事。ただ暑さだけは半端じゃなかったので、病室にあったパン フレットの一部を団扇の代わりに仰いでくれた。 それでも面会の時間は20時迄。(それでも母は朝からずっと つきっきりだった。)家族が帰って後は何か自分との戦いι暑 ければ自分で仰いで、額のタオルはもう役には立たないから外 し、痛かったらボタンを押して、腰が痛いからなんとか体を動 かしてヒーヒー言いながら痛みを逃がしてた。でもやはりモル ヒネが一番聞いていたため何時間に一回の割合でぐっすり眠れ たのには有りがたいと感じたね!ずーーと眠れないっていうの もつらいもんね。(6日はまったく眠れなかったけどね!)
(ひらめき+良い事) ■「夢」 1、お父ちゃんとお母ちゃんがまっすぐにこちらに向かってく るんだけど、私の目線で左半分のUPだけしか父は見えなくて、 母は水色のスーツを来てじっとまっすぐ前を、見据えていた。 母が見ていたのは手術室なのかな? ■術後あまりに傷と腰が痛いので、傷口に対して「ありがとう 」と言うと何故か本当に痛みが少しではあるけど和らぐのだ。 不思議だなあ〜「感謝します」とか「ついている」よりも「あ りがとう」の方が一番効果があった!
■この病院の三階は新しいとはいってはいたけど私が入院して いる反対の病室、ナースの詰め所はあんまり感じは良くないな あ〜ι何だか重苦しいのよここってι回復室も本当は嫌だった んだけど、術後の合併症とうにが心配だったし、私も動けない のでι仕方なくいたけどあそこも嫌だったなあ〜ι天井と周囲 の胸元しか確認出来ないのがものすごく不安だった。
(今日の出来事) ・手術
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