2008.3.30(日) ■今日は19時から家庭集会があったのだけど、大幅に遅刻して しまったι何故か気が抜けてしまっているというか、またいつ ものサボり癖が起き上がってきた為でもあるんだけどねιそれ でも何とか集会に参加して気付いた事があった。私の前にいた おばちゃんの為に皆一生懸命お話ししていたのだけど、どうも 私の事にもあてはまる事が多々ある!と気付いた時から、これ は私に時下言うと、私は忘れてしまうからきっと他の方を通し て教えて下さっている事なんだと気付いたので、目を瞑り、祈 りを持って頂く事にした。 其の時に気付いた事が 1.霊界が一切の妥協もない、厳然とした世界であるという事。 (省略や時間的なその他もろもろの都合でとうのは人間界でし かない。それに甘えて、やっているとかと安心していいという 事ではない) 2.三礼で二番目のお経は「ただひたすら、すいません!ごめん なさい!!」という詫びの言葉だという事 3.人によっては、これは教導院さまを祈る、真導院さまを、摂 受心院さまをっと言う方もいるがそれは観念的に捕われている 事。本来は教主さまを祈ればそこには皆さんがいらっしゃると いうのが正しい祈りの仕方。 4.教主さまと絶えず会話をしていくこと。(どんな会話をして いたかを忘れていても、ふっと答えを頂く事があり、其の時に 質問した事も思い出す。)どんな事でもいい。それが他の為の 事だったらどんな願い事でも良い ■自分のもだけど、他の人の分も苑費を納入しないといけない ! ■元、経親さんから「霊界が厳然としている!」という事を示 されたι時間が悪いとか間が悪いとかで、読経でも省略してし まう時が多々ある。でもたとえ省略していてもやるだけでも偉 いんだとそれで満足していたけれど、それは間違いだという事 を言っていたιただどうしても駄目、出来ない事があっても、 略式だけやっていればいいだろう。という安易になってしまっ ては駄目だという事なんだろうか?
(今日の出来事) ・家庭集会>西田経 ・発送の準備?ι>そのまま寝た?ι
|