2008.4.2(水) ■今日ふと思った事があった。今回会座には参座出来なかった けれど、その会座の事で…たとえ私の祈りが通ろうが、通ろら まいが、全体的に見ればいいんじゃないかって。 個人で小さく見るから、祈りが通った、通らなかったと一喜一 憂してしまう。通うった人を嫉妬してしまう。でもそうじゃな くて、全体的にみればたとえ私の祈りが届かなくとも全体的に 祈り届いた人が多くなっていればいいんじゃないかって。これ は私一人が幸せになっていたって、それは幸せ事じゃないんだ っていう事だと同じだと思う。まあもともとは届いた人を嫉妬 しないようにする為のアイディアなんだけど、どうかな?ι ■またふと思った…こんな途中で投げ出すような私を救う為に 両童子さまは霊界に行ったんだなって… この世の中は苦悩に満ちているかも知れないけど、それでも親 と子のぬくもりとか甘えさせてくれるとか、けして不幸だけで はないことも沢山あるのに、それら全部を捨ててでも私の為に … って何故かふっと考える事が出来た。それだけでもう感謝以外 何もないんじゃないだろうか?… ■今日、知子が実家に来て、
(今日の出来事) ・接心ノートのPC清書 ・詳細の送信 ・宛名シールの元作成
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