12/25(火) ■確かに昨日は発熱の後に来るだるさの為、休んでしまったけ ど、どうしてこの日でなかったら行けなかったのか判った。号 泣したからだ…今日はやっぱり苑休だったものだから正面玄関 は閉門している為、いつもの坂(といっても優しい坂になって いるけど)から入るが今迄みたいにそこからまた歩くのではな くて、すぐに守衛の部屋があった。そこに近寄って、お参りは 出来ますかと聞こうと思ったら全員が一斉に振り向いて満面の 笑顔で迎えられた事にとても安堵した。あー真如苑だな〜って 。正面からは入れないのでそのまま2階から入ったが、一歩自 動ドアを潜った途端だ。もう目の前がぼやけてぼやけて…あの 安心感は今迄帰苑していて初めての体験だった。これで安心だ !これで助かったんだ!!っていう気持ちがぴったりしていた 。その安心感と喜び、そして今迄何の歩みもしていなかった事 に対する申し訳ないという気持ちで胸が一杯で一杯でしょうが なかった。一歩、精舎に足を運ぶ度に、帰れた、やっと帰れた !という嬉しさで一杯だった。これは私ではなく先祖達の喜び の涙だったかも知れないな… 今思えばあれだけ泣くと分かっていたら、そりゃー人が一杯い る霊供に帰っていたらとんでもなかったなι人が一杯だったら あんなに泣けないし、あんなに祈れなかったかも知れない。で も泣けたから、懺悔したからこれで安心なんて思わないでおこ う!本当はこんなに安心感を与えてくれるだけでも有り難い! って本当に思う。でも大変なのはむしろこれからだろう!今迄 休んでいた分を早く取り戻さないといけないからだ! 「知子へ出したメール」 あんな知子、こんなん私が言うのはおこがましいかもしれへん ねんけどな、また一緒にお寺にいかへん? 今度の有美の事で私思いしった事あるんよ…人間の力には限界 があるんやなって…私は自分の事で 歩みを止めてしまったけど、その時の事は後悔してへんよ。で ももし少しでも歩んでいたらここまで酷くはなっていたやろう か?そりゃ結果論やし、今に立って言っている事やからそれは 判らん。でも今よりも選択肢はあったんやないかなって思う。 まだ知子が千島の公団いた時は必死になって歩んでいたけどま ったく進展しなかった事にいらだって私の方が先に根を上げて しまって申し訳なかったと思っている。でもその時にあの男か らも逃げれたし、縁が切れるような手伝いをしてくっる人とも 会わせてもらえた。それだけはあの時に早朝奉仕を一生懸命し たやんか?その時に積んだ功徳がああいう結果になったのかも 知れへんね。でもそれ以上にそれ以上にって望んでしまって悶 えていた時に私と寺田さんとの事があって…今思えば何であん な事で歩みを 止めてしまったのかと思う。当時はもう本当に辞めてやる!と 息まいていたし、退苑届けももらって書いていたのにそれでも 、何故かどうしても精舎迄足を運べなかった…でも有美の引っ 越しを塾の先生が知らせてくれたのが19日やってん。もっと前 はお母ちゃんの目が失明一歩手前で気づかせてくれた んも19日やってん…教主さまがご遷下(亡くなった)された日な んよ… そう思ったら辞める前にせめて御礼に行かせてもらおう!っと 思って昨日大阪精舎に行って来た。この日は苑休日やったから 裏から入ったんやけどな、その時に6人ぐらいのご奉仕の人達 が一斉に振り返り満面の笑顔で迎えてくれた。その笑顔が何だ かもう普通の人の笑顔には私には見えなくてな、何ていったら いいやろう?私の為に笑ってくれているっていう風に感じたん よ…上手く言えないけど…それで一歩精舎に入った途端、すご く安心したんや…やっと帰れたって…そう思った。思ったらも う後は泣けて泣けてしょうがなくてな…今迄数十年行ってたけ ど、お寺以外でもあんなに泣いた事ってなかったな…本当は24 日の霊供の日に行きたかったんやけど、23日に熱だしてぶった おれたやろう?その次の日は体がだるくてどうしても行けなく てなιでも苑休に 行かせてもらった意味がここに来て良く判った。あれだけ泣く のが判っていたら24日には来ない方が良かったなって思ったわ 。誰もいないご法前で座った途端、声を殺すのが精一杯で…後 は泣きながら祈ってたんよ…隣にある双親さまと両童子さまの 御堂に来たらそれ以上になってしもうて、ただ、ただ申し訳あ りませんとありがとうございますの言葉しか出てこんかったな …40分程、そこで祈っていてやっと落ち着いたんで帰る前にや けど、不思議な事があってな。せめて1000円やけどお歓喜をし て、事務局の人に預けて、帰ろうとしてたんやけど、双親さま の絵が置いてあるからそこに一礼してから心の中で「また来ま すね」と言った途端、双親さまの絵の下に置いてあった時計が 「チンッ!」って鳴ったんよ。私もやけど事務局の人もびっく りしてた。その音は只単に時計が15時を差しての時報の音やっ たんやけど、私にはそれが双親さまから返事をもらったような 気がしてな…「待ってますよ…」って言われたような気がして ん… それでそのまま帰ってしまうのは何だか心残りで、このままや ったら何も変わらんような気がして、その足で西田さんの所迄 行った。今迄休んで、連絡も取らんかったお詫びしに。行った ら西田さんが出て来てちょっとびっくりしたけど、ここ迄来た らもう後は野となれ山となれやし!と覚悟してたんやけど、向 こうは三年前と変わらん態度で接してくれてな、有難かったわ 。それで今迄大阪精舎に言っていた事とか話していたらな、こ の西田経には「別れの因縁があるんよ…」って言わはって…西 田さんの娘さんは二人共、離婚しているやろ?そう言うたら私 らかってお母ちゃんだけやなくて、おじいちゃんから元の親か ら引き離されてるなってこの時になって初めて実感してな。ず っと続いているやなって思ったんよ。これが因縁通りの人生な んやなって…もしあの時私だけでも歩んでいたらって思ったら ってこの時程後悔した事はない!だから私はこの12月の、苑に とっては出発の時に気づけて良かったと思った。寺田さんとの 事はこれからも色々あるけど、西田さん(お父さんはもう経親 を引退して今は長女の娘さんが引き継いでいるから)がそんな の放っておいたらいいって言うてくれたから放っておく。上求 菩提も直接経親にすれば良いって言うてくれたし、寺田さんは 奈良の方に行っているからもう殆ど会う事はないやろうからも うええ!会ってもそんな小さな事に構っている時間はもうない んやから。私は私の歩みをするだけやからと思ったから!私は また歩みんでいってみるわ。それですぐに結果が出るのかは判 らんけど、でも色んな選択肢(相談接心など)が増える事は判っ てるからがんばってみる。これ以上悪くなるとしたら今巷でも 子供による犯罪や犠牲者になる子供がおるって知子も言うてた やろう?最悪そこ迄いかんとも限らん!(脅しているようでご めんなι)有美もこれから思春期や色んな事があると思う、で ももう何もこちらからアプローチ出来ないんならせめて有美の 為に祈ってやりたい!有美にまでこの別れの因縁を背負わせん ようにしていやりたい!知子は私は行かへんって言うたけど、 どうや?来月は寒修行やろう?満願したら再来月からでもまた 接心頂けるで?少しでもいいから歩んでみいへんか?自分の為 でもあるし、何よりも有美の為に行かへんか?月にある休みの 一日をその為に使う気はないかな? その後、有美の為に…という私が書いた最後の言葉で知子はま た歩んでくれる決心をしてくれた。 ごめんな!知子、有美、お父ちゃん、お母ちゃん、ご先祖さま たち!これからも色々とあるやろうけど、もう2度と教えから は離れへんからな!!絶対にしがみついて離れへんからな!! だから皆も一緒に付いて来てな!!頼むで! ■精舎で祈っている時、どうしてか西田さんの家のイメージが して、そうだ!西田さんの家に行こう!今からだったらそんな に遅くならないし、いてはらんかったらそれはそれでいいや! 今いって謝らなかったらいついくんや!という気持でその足で 向かった。何だかこの地区に来るのも久し振りだ…あんまり変 わってないなこの辺は。さっきは迄はあんなに不安だったけど 、それが安堵に変わっていった。それでもいないよりは怒られ てもいいからいて欲しい!そう思わずにはいられない。そして 長い玄関を通ってから、チャイムを慣らすして数秒。玄関が開 くとそこには西田さん本人が。こんにちは…お久しぶりです。 の言葉で西田さんもやっと私だと理解したらしい。「よく来た よく来た!♪」と大喜びしてくれて出迎えてくれたのだ。直ぐ さま今現在の経親=長女さんを呼び出してくれた。今は長女さ んがその任を受けているので自分は引いてくれているのだろう 。でも何故か彼女の方が何だか話しがしやすかった。 それから色々と話しをしてくれた。聞いてくれた。どうやら西 田経には「別れの因縁」があるそうだ。そういえば長女も次女 の方も揃って離婚していたなιそうそう寺田さんはどうやら奈 良の方に嫁いでいるらしく、こちらの集会にも滅多に顔を出さ ないらしい。それを聞いて事の説明をしたが、向こうに行きづ らいんならいかなくとも良いといってくれたのが救いだった… この状態ではもうあちらの方に向かう事は断念出来た。良かっ た〜これでまた歩めるんだ私!別れの因縁を有美にまで背負わ せたらあかん!その為にも速く私が先に霊位向上していかなあ かん!それが今迄遠のいていた私の使命だと感じたからだ。一 人が悟れば万人が悟るとも経親さんもいっていた通り、私がま ず道を見つけて歩んで行きたい!でも経親さんが言うように私 が帰苑した時に流したあの大量の涙はきっとご先祖さまのだっ たという。だって先祖達は自分達では教えに行く事は出来ない 。私の体を通じてでしか行けないのだ。だからこそ私が帰った 時に流したあの大量の涙が出たんだろう。 そして一番嬉しかったのは、経親さんの長女が青年経親のお許 しを頂いていたとう事実だ!私は限界ですでにあの時に丸投げ をして逃げたのに、それを全て引き受けただけじゃなくてその 上を行ってくれたなんて涙が出る程嬉しかった!これが両童子 さまが僕に出来ない事をしてくれた時の嬉しさの一旦だろうか と思ったのだ。 ■最後にまた奇跡を見せてもらった。大阪ドームの工事が一部 終わっていたのだ!そりゃーいつもは定期使ってバスで通勤し ていたから本当は今ではなくてもっと前からこの状態だったの かも知れない。でもでもその光景はまるで、やっと道を見つけ た!道が出来た!!と思ったのだ。さっきまで全ての道が閉ざ されて、成す術も無かったと思っていたはずなのに、苑に戻っ た途端この光景に出くわすなんて!そう自分が思っているのだ って偶然じゃないんだろう!きっと必然だったんだと思う。そ うでじゃなきゃ!出来過ぎだよ!これって!!でもこれが終わ りじゃなくて始まるなんだっていうのも分った。だって工事は 全て終わっている分けじゃなかったからだ。まだまだ終わるに は時間がかかるだろう。まるでそれは私の向上の道程を見せて もらっているようで、感慨深かった…でもさっきまでの絶望感 は今はもうない!一筋でも道が出来たのだ!しかもそれは間違 いのない道だ!これ以上の強みが、希望がどこにあろうか!! この道を2度と見失うまい!そう誓った日となった。
(今日の出来事) ・大阪精舎に約3年振りに帰苑 ・西田さん宅へお詫びι ・約3年振りに読経修練に取り組む
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